物語を伝える―災厄を越えて―<2>
批評家、日本映画大学准教授 藤田 直哉さん寄稿
「『事実』と『物語』」

2021.7.26
【特集074】

特集「物語を伝える―災厄を越えて―」(特集概要はこちら
SF作品の研究で知られる藤田直哉さんは、東日本大震災体験者の言葉を集める文芸誌『ららほら』の発刊や東北への旅を通じて、震災の「真実」を探る取り組みをされてきました。「現実」の中からなぜ「物語」は作られていくのか、そして「物語」はいかに「現実」に作用していくのでしょうか?

「事実」と「物語」

藤田 直哉

fujita_01.jpg 震災遺構 仙台市立荒浜小学校。津波を受けて破壊された校舎を残しており、見学した際、痕跡から体感される震災の威力に心胆寒からしめられた

2014年から、首都圏での大学の講義で、東日本大震災の影響を受けた文学作品・映画作品・芸術作品を扱ってきた。さすがに最近になると震災が起きてから10年が経っており、震災を経験したのが8歳で、そこから現在までの人生の期間の方が長いという学生たちが多く、リアルタイムに同時代の文化現象に触れるというよりかは、「歴史」の話を聞くような感覚で受講する学生が増えている。

そこで、二つの種類の作品を見せ、比較させることがある。一つは、震災を扱ったドキュメンタリー作品や、当事者の手記など。もう一つは、東日本大震災をモチーフにしたエンターテインメント。前者は安岡卓治監督らの『311』や、舩橋淳監督『フタバから遠く離れて』、金菱清編『悲愛』『3・11 慟哭の記録』などであり、後者は庵野秀明監督『シン・ゴジラ』や新海誠監督『君の名は。』、園子温監督『希望の国』などである。

ナマに近い現実を反映している前者と、フィクションを織り交ぜ、見やすくしたエンターテインメントの中に(時には)「隠喩的」に歴史や災害やメッセージを織り込む後者と、その二つの差異は何か?

多くの学生たちは、震災についてのドキュメンタリーや手記に現れる「リアル」に圧倒され、それを高く評価し、「語り継ぐことが大事だと思う」と言う。手記などに表出される悲しみに感応もする。深いレベルで何かが伝わっているという実感の手応えがある。

しかしながら自分自身が率先してこのようなドキュメンタリーをたり、当事者の語りを読んできたのかというと、そうではない。むしろ観ている者が多いのは、『シン・ゴジラ』や『君の名は。』というエンターテインメントである。

この両者の緊張関係の中に、災厄と物語との関係の本質めいたものが存在している、とつくづく感じてきた。

fujita_02.jpg 仙台市荒浜。集落が壊滅した。写真のように、特定の宗教や方法ではないような、慰霊や祈りの装置がたくさんあった

忘れないことが大事、記憶は語り継ぐべき、災害に対する備えをする必要がある。そのような気高い理想の言葉に、多くの人々は賛同するだろう。しかし、多くの者は、自発的に震災のドキュメンタリーを観たり、被災地に足を向けたりはしない。可処分時間を使って、わざわざ真面目な勉強をしたり、悲惨な被災地の様子を見て心を痛めたり考えたりしたいという人間は稀なのである。毎年3月の震災を扱った番組の視聴率や、これらドキュメンタリー映画や手記の売り上げが、それを証明している。悲しいかな、これが現実なのである。

しかし、これは自然な話で、自分を楽しませいい気分にしてくれるエンターテインメントに時間とお金を使いたいというのは、多くの人間の通常の欲望だろう。これに「けしからん」と言っても、始まらない。

そこで、エンターテインメントという装置を使い、大衆に向けた訴求力を持ちながら、震災、原発事故の隠喩や象徴を混ぜることで、上からの啓蒙ではなく、楽しみながら現実の断片に触れさせるような『シン・ゴジラ』『君の名は。』の戦略の意味も見えてくる。

震災の「現実」はあまりにも複雑で、多様で、いわゆる「物語」としての語りを拒む部分がある。当事者たちが生きているその複雑な現実は、複雑であるがゆえに、そのままの解像度では多くの非当事者が受け取ってスムーズに理解できるものにはならないのだ。

震災文芸誌『ららほら』のために、被災地に取材に行って伺ったこういう話がある。津波の来た沿岸部で、年配の女性たちが集まって、「津波が来たときに子どもの手を離してしまった」と言って笑っているというのだ。

このようなエピソードを聞いて、即座に咀嚼できるだろうか。今のSNSなら「子どもが死んだのに笑っていて不謹慎」と炎上するかもしれない。しかしながら、おそらくは、そのように当事者たちが集まって語り、笑い合うことでしか昇華できないような悲しみや苦しみがあり、それを何とかするための「笑い」なのだろうと想像することができる。そのような状況、感情を、私たちはなんとか追体験しようと努力するしかなく、その凄まじさに震えすらするだろう。

このような、私たちの「経験」や「想像」を超える外部の現象や、そこに生きている人々の内面を伝達するということには、重大な困難がある。

ポストトゥルースの時代になり、私たちはフェイクニュースを批判し、「事実」の重要性を言うが、多分誤解されていることは、「事実」こそ私たちはむしろ咀嚼しにくいということである。

また一つ例を出す。これは、故・室井光広氏の生家の話。福島県の山奥にあるその家では、タバコの栽培や蚕の飼育などをしていた。室井氏の祖母は、休んだりくつろいだりするのが苦手な人で、働けなくなった人間に価値がないと考えていた。その「哲学」の通り、彼女は働けなくなってすぐに、倉で首を括って死んだ。

それがどういう意味なのか。どういう背景なのか。私たちにはよく理解できない。ただ「事実」だけがある。このような「事実」を、坂口安吾は「文学のふるさと」と呼んだ。それは「観念の眼を閉じるような気持」にさせ、読者を「突き放された」気分にさせるものである。そこには「絶対の孤独――生存それ自体が孕んでいる絶対の孤独」のようなものがある。

だから、日常的に、手持ちの観念や概念に合わせて物事を理解して生きている私たちにとって、その「事実」は認知的な負担が大きいのだ。私たちの想像力は、経験や、これまでに触れてきたフィクションなどに規定されており、脳はスムーズに理解できるものが好きなので、それを超えた「事実」は、理解され、受け止められにくいのだ。

この溝をどのように超えるか? 「事実」や「現実」の、私たちの想像や理解を超えた外部性を、どうやって伝達するのか? 分かりやすい「物語」を超えた事実性を含む「物語」を、どのように作り上げることができるだろうか? 「物語」の存在意義を、まずはこの辺りから考えてみたい。

* * *

fujita_03.jpg 福島県、小名浜近くの勿来(なこそ)IGCC発電所。石炭ガス化複合発電をする最新型の発電所。ローカルアクティビストの小松理虔(りけん)氏に案内していただく。津波の被害と、発電所と、お墓のコントラストが印象的

ノーベル文学賞を受賞したスベトラーナ・アレクシエービッチが、チェルノブイリ原発事故の当事者たちから話を集めた『チェルノブイリの祈り――未来の物語』にこのような一節がある。発電所の消火に向かった夫を放射性障害で亡くし、身ごもっていた子どもにも重い障害が出た女性が、事故を語る。強調されるのは夫への献身と、愛である。実に感動的な話だが、その末尾で、彼女はこのように言う。
「(原発の職員は)ほとんどの人は恐ろしい病気や障害があります。(中略)たくさんの人があっけなく死んでいく。ベンチにすわったままたおれる。家をでて、バスを待ちながら、たおれる。彼らは死んでいきますが、だれも彼らの話を真剣に聞いてみようとしません。私たちが体験したことや、死については、人々は耳を傾けるのをいやがる。恐ろしいことについては。/でも......、私があなたにお話したのは愛について。私がどんなに愛していたか、お話したんです」(岩波現代文庫版、松本妙子訳p27~28)

一読して、この「でも......」以降の意味が分からなかった。何度か読んでいるうちに、「死」などの「恐ろしいこと」は、それが誰かにとっての逃げられない現実そのものであったとしても、多くの人は聞くのを「いやがる」から、「愛の物語」の形式を用いて、愛の話に加工して伝達しようとしてこの話をしている、ということを示唆しているのだと解するようになってきた。

当事者の経験談とはいえ、ここには「物語化」が作用しており、ある事象を経験していない人たち、それを想像したり考えたりすることをも拒む幸福な人々に伝達するための工夫があるのだと解釈するようになった。

繰り返すが、ありのままの「事実」や「現実」は、加工されていない断片のようなものであり、時系列も因果関係もなくそのまま投げ出されても、多くの人が理解し咀嚼可能なものにはならない。だから、「物語」が必要になってくる。

物語化すれば分かりやすくなるが、現実や事実の細部が脱落していく。この「物語」と「事実」の二律背反はおそらくは永遠の課題であり続けるだろう。

もちろん、この「物語」は両刃の剣である。現実の複雑さやきめ細やかさを失い、単純化してしまう。時には「演出」も入り込む。取捨選択や強調のポイントの選択だって「作為」である。一歩間違えば、デマやプロパガンダにスレスレである。人によっては、そこには本質的な差はないとすら言うかもしれない。

* * *

では、新型コロナウイルスのパンデミックと、物語の関係はどうだろうか。
もちろん、これまで、パンデミックを描いた物語はたくさんあった。マイケル・クライトンの『アンドロメダ病原体』や、小松左京『復活の日』、スティーヴン・ソダーバーグの『コンテイジョン』、それからあまたのゾンビパンデミックものがあった。

しかし、パンデミックの中で政府が「お肉券」を配ろうとする、旅行に行かせる「Go Toキャンペーン」を始める、などの「事実」は全く予想外なことだった。たとえば、コロナ以前に、パンデミックを扱う映画の企画の会議で、「政府がお肉券を配ります」と言ったら、その企画は通っただろうか? 多分通らなかったし、人はそれに「現実味」を感じなかっただろう。バカげたジョークだと感じたのではないか。しかしそれが現実に起きたことであった。作家たちの何人かは、自分たちの想像力の敗北を嘆いていたほどだ。

fujita_04.jpg 岩手県陸前高田市。壊滅状態になった町に、嵩上げ工事を行っているところ。あまりに壮大な工事なのと、ニュータウンの造成のようなのとで、現実感が揺らいでくる

新型コロナウイルスのパンデミックで、多くの人が、筒井康隆の名前を出した。筒井康隆は、偶然、筆者が博士課程で研究した小説家であるが、筒井は「ナンセンス」の作風で有名な作家である。「センス」とは、意味や秩序、筋道、といったところだ。パンデミック以降の「現実」のデタラメぶり、インチキぶりが、筒井康隆の作品が描くブラックジョークのようだったのだ。

筒井が書いてきた不条理で、筋道が壊れて、意味や秩序のない、ナンセンスなドタバタは、これまでは「リアリズム」だとは思われて来なかったが、「この現実」は、むしろそのような作品に似ていると多くの読者が感じた。

そして、その筒井康隆は、先述した坂口安吾に、強いリスペクトをささげている。安吾は、突き放すような「事実」に「笑い」が生じると言った。そして、筒井もナンセンスの「笑い」を重視した作家だ。

多くの人たちの「現実が筒井康隆みたいだ」という発言を見て、ぼくはこんなことを考えていた。筒井康隆が描いてきた「ドタバタ」「ナンセンス」は、実は緊急事態や例外的な状況で、人や社会がどう振る舞うかについての寓話だったのではないか。第二次世界大戦と、その後の復興期を経験している筒井は、そこで経験した「真実」「現実」を表現する方法として、ナンセンスなドタバタやブラックユーモアの形を採り、非現実なSFというジャンルのフォーマットを利用することを選んだのではないだろうか。

筒井はシュールリアリズムの影響を受け、卒論の題材にしている。シュールリアリズムは、第一次世界大戦の戦場における戦車や毒ガスなどによる殺戮という新しい事態の衝撃を受け、既存の美の秩序には収まらない表現によりそれを表現しようとした運動だった。筒井康隆は、第一次世界大戦は経験していないが、幼少期に第二次世界大戦に遭遇している。

彼の描く、超現実ならぬ、超虚構とは、フィクション=物語を超えた、突き放すような「事実」を表現しようとしたものなのではなかったか。この「現実」の、理解できない、バカバカしい、脱力する「感じ」に確かに似ているように思うのだ。
(念のために書いておくと、これは日本政府批判ではない。お肉券もGo Toキャンペーンも、必然性も狙いも善意も理解しているし、後者については利用もしたのだから。我々のパンデミックになったらこうなるだろうという予期=物語とのズレが、構造的に「笑い」を生んでしまうという話である)

リアリズムという観点からは、現実やリアルと最も遠いと平時においては思われていた作風が、緊急事態においては現実やリアルに近いと感じられるということには、深く考えさせられるところがある。これは、SFが何かを予言していた、ということではなくて、SFという装置や寓意を使い、ある種の真実(平時には非現実に思われるような緊急事態のリアル)を描こうとしていたのだと解するべきなのではないか、と思ったりもした。

このパンデミックの経験を、20年後の完全に収まったあとの世界で、次世代、たとえば自分の子どもに話して聞かせようと思った場合、相当に難しいだろうなということは、容易に想像がつく。

世界的なパンデミックで、経済に打撃を受け、何百万人の死者が出たが、オリンピックは(このままいけば)開催され、「Go Toキャンペーン」が行われ、日常レベルでは比較的平和で平穏で、しかしながら多くの失業や倒産が出て、しかし株価や地価は上がり続けIT産業は空前の利益を出す。政府は一貫しているようにも科学的な合理性に基づいた対策をしているようにも思われず、しかし世界的に見れば確かに感染者数も死亡者数も少なかった。そしてワクチン接種に至って、急激にロジスティックスの能力が増大し、一気に接種が進む。

これをどういう筋書きでどう語れば分かりやすく理解させることができるのか、正直全く見当もつかない。「ウイルスと戦って克服した物語」などにすることはできるが、しかしそれはぼくが経験したリアルとは随分と乖離かいり している。「この時代のこの感じ」をうまく伝達できそうな気がしないのだ。

* * *

このような「物語」と「事実」の緊張関係は、「近代文学のはじまり」と言われる、セルバンテスの『ドン・キホーテ』のときから変わっていないのかもしれない。

『ドン・キホーテ』は、スペインの片田舎に住む老人が、騎士道小説を読みすぎて、自分をヒーローだと思いこむ作品だが、ここには、物語と現実を混同しなくては生きていけない者への愛と滑稽さへの批判が入り混じっていた。ドン・キホーテ老人は、物語と現実を取り違えている間には、結構楽しい冒険を繰り広げ、活力のある振る舞いをしていたが、現実に目覚めた途端に意気阻喪して亡くなってしまう。この寓意は明らかであろう。

fujita_05.jpg 大船渡(岩手県)での「三陸国際芸術祭」。郷土芸能の「鹿踊(ししおど)り」を初めて見て、その勢いとエネルギーに魅了された。地元の方々の熱狂もすごく、心の底から文化と通じている感じがした

いとうせいこうは『想像ラジオ』の中で、この問題を扱った。被災地にボランティアに行った作家たちが議論する。死者の声が聞こえると「想像」するのは、良いのか悪いのか。「そんなのは非科学的な感傷」であり「現実が立てる音じゃない」と言う者もいる。それに対し、亡くなった方の声を遺族や周囲の者が想像することを禁止することはできない、という議論がなされる。

「死者」が存在し続けるという「物語」を、どう考えるべきか、という問いと言い換えてもいい。実際、金菱清らの調査研究を参照するに、「死者」が存在し続け、歳をとっていくと考える人々は東日本大震災の被災地には多いようだ。そして、筆者が赴いたときにも「イタコ」の人がいた。

かつて、「物語」が批判されていた時期がある。ここでいう「物語」とは、世界や事象を、図式的な理解に当てはめてしまうこと、ぐらいの意味である。たとえば「敵/味方」と二分してしまう思考や、ステレオタイプ一般がその例である。そのような「物語」的な認識や理解のパターンを解体し、物語に毒された人間の認識を変えれば、世界はもっとよくなるはずだ――という、急進的な革命のような思想に裏打ちされた運動があった。

『想像ラジオ』は、そのような「物語批判」や、おそらくはクロード・ランズマンが『SHOAH ショア』などで示した「表象不可能性」の議論を踏まえた上で、しかし「現実」に拘り過ぎるのではなく、「想像」「物語」を擁護しようという方向に舵を切った作品だと言える。

物語は、危険なときがある。しかし、物語を全くなくしてしまえば、ドン・キホーテが正気に戻り、気落ちした老人であるアロンソ・キハーノになったのと同じように、その現実や事実の残酷さ、意味のなさ、偶然性の殺風景さに耐えられなくなるのではないだろうか。

安吾が、突き放すような「事実」を「文学のふるさと」と呼び、「文学はここから始まる」と言ったのも、よく分かる。「ふるさとは我々のゆりかごではあるけれども、大人の仕事は、決してふるさとへ帰ることではな」い。

この真空のような「ふるさと」との緊張関係の中で、広義の「物語」が――ひょっとすると、死生観や、神話や、宗教までもが――必要とされ、発展し、機能してきたのではないか。

* * *

「事実」が、事実だけではうまく理解できないという話については、ぼく自身も例外ではない。これを書いている2021年6月現在で、新型コロナウイルスで、2億人弱の感染者と、400万人近くの死者が出ているという事実がある。このことを、ぼくは実感を伴った理解をできていないのだ。

おそらく、グローバルな感染力のあるウイルスのパンデミックという事態は、人間の脳が実感を伴って理解するには大きすぎるスケールなのだろう。ウイルスは目に見えないし、日常生活レベルでは世の中は平静に見える。だから、ニュースなどで見る事態や数字が乖離し、人間の脳の本能的な部分と知性的な部分がどこか分離したまま事態を理解し損ねているように思う。

しかし、たとえば映画などにして、一人の人間がコロナにかかってから亡くなるまでを描けば、感情移入し、強く理解するだろうと思われる。400万という事実を示す数字よりも、一人の人間を通じた物語を描くことによる感情移入の回路の方が、人間の脳にとって腑に落ちるものになりやすいかもしれない。街で積みあがる遺体の山や、病院で苦痛に喘ぐ患者を見れば、もっと危機感を抱くかもしれない――そうすると、不安と恐怖が増大しすぎて、それはそれで間違った判断になるのかもしれないが。

「物語」には、知的な理解と、腑に落ちる理解の断層を繋ぐ機能もある。人類の文明は高度かつ複雑に発展したので、知性で理解できるような事実と、生活者としての身体を伴った生の現場における理解の乖離は深刻なことになっている。様々な専門の知識について、満遍なく理解できる者などは稀だ。だから単純化して世界を理解する「物語」である陰謀論が流行ってしまう。

私事で恐縮だが、筆者は最近住宅ローンを借りた。その際、仕組みや、金融や経済のことを勉強したが「複雑すぎて分かんないな......」と正直思った。経済という、とても重要で大事で、生きるために知識が必須の物事に対してすら、全然分からないのである。目の前で説明している人を「信頼」し委ねるしかないな、と思った。だから、陰謀論にハマる人の気持ちも分かった。

とはいえ、逆説的に、陰謀論の流行は、人々の「物語」への希求を示す。私たちは、「この世界」についての体系的な理解、意味を求めてしまう生き物なのだろう。
おそらく、物語や文学、芸術や文化を新しく生産していくことの意味は、ここにある。

人類の遺伝子は大して変わっておらず、脳が喜ぶパターンにもそれほど変化がなく、ウラジミール・プロップの分類した昔話の構造や、ユングのいうアーキタイプ的なものが普遍的に力を持っているのかもしれない。しかし、それにもかかわらず、現代に新しく何かを生み出さなければいけないのは、人間が作り出す環境や状況が次々と変化していき、それを生の場面での「腑に落ちる」理解をしたいという希求が発生するからであるし、それが必要だからではないだろうか。

* * *

では、それがどんな「物語」でもいいのか、というと、そうではないだろう。やはり、信頼されるような物語でなくてはいけない。陰謀論が蔓延するほど、皆が情報に対して懐疑的でシニカルになっている時代において、信頼をどのように獲得したら良いのだろうか? 筆者は、個人個人が、必死に、本気に、正直に、本心から誠実にやる、ということから立ち上がってくるものだということを、信じたいと思っている。

fujita_06.jpg 松島(宮城県)。塩釜行きの遊覧船の中で、ガイドさんが震災で家族を失った話をしたら、酒を飲んで騒いでいたお兄さんたちが、地元ののりをたくさん買って支援していた

大江健三郎は、既にドストエフスキーの小説のような傑作があるのに、どうして自分が小説を書くのかを考えて「それはやはり同時代の人間にたいして、わたしはこのように生きていますと語りかけたいからなのだろう」と答えている。

これは『核時代の想像力』と題された書籍の中での発言で、言い換えると、広島長崎への原爆投下以降、核兵器が常に互いに向き合っている相互確証破壊により平和と均衡を保っている冷戦下において、被ばく国でありながらアメリカ化と科学技術立国化を突き進む世界に生きるということを、腑に落ちる理解をするための「物語」を作ろうとしていると言い換えていいのではないだろうか。

これまでの人類は、自分たちを滅ぼせる兵器が常に自分たちを狙っている社会には、生きていなかった。それを含む人類、世界、歴史、生命、宇宙をどう理解するか、そのモデルを構築するのかこそが、大江健三郎のやろうとしていたことではなかった。「ひとりの同時代の作家がドストエフスキーにくらべてどのように凡庸であり、まちがいばかりおかしているたぐいの作家であったにしても、じつはその凡庸さそのもの、そのまちがいそのものが、同時代に生きている他人へのひとつのメッセージ、通信の声として意味があるといわざるをえない場合もあるはずではないか」とも彼は言う。

私たち自身が、この世界、この状況を理解するための認知的な努力こそがまずは必要で、それが決死の営みの結果であるからこそ、多くの人々がそれに共感するのではないか。現在で言えば、このコロナ禍を「理解」するための物語を作る努力をするべきだろう。一方的に何かを押し付けたり、啓蒙したりしようとする態度より、そちらの方がずっと深く心で繋がれるはずだとぼくは感じる。

それは、戦後日本のサブカルチャーや大衆文化についての研究からも思うことで、それが国の枠を超えて多くの人々に受け容れられたのは、戦後日本や情報社会などの「新しい環境」に生きる実存の不安と問いに応える物語だったことにあるのではないかと思うのだ。言い換えるなら、「新しい環境」に生きるとはどういうことかについての、認知的な努力の結晶としての物語であったことが、同じような境遇に生きる者たちに共鳴を生み、生を理解し発展させるためのモデルとして機能したのではないか。

そのような真剣な営みの結果こそが、この世界に身体を持って現に生きている一人の人間の魂が、作品を通じて、似た状況にある他の人々の心を震わせ、文化や国や時代を超えたある連帯を、精神的共同体のようなものを、結果として・・・・・作っていくことになるのではないだろうか。

だから、あんまり「こう認識しろ」とか「こう言え」みたいな枠組みや主張や理論を押し付けるのではなく、自由を尊重した方がいい。なぜならそれは、認識の枠組みと方法論を新しい状況に対応して発明し続けていく営みなのだから、あらかじめ誰かが答えを知っているわけではないし、抑圧すれば生産性が下がってしまうからだ。

* * *

災厄と物語の関係で言えば、ぼくはこんな夢を見る。「事実」と拮抗関係のある「物語」によってこそ、「絶対の孤独――生存それ自体が孕んでいる絶対の孤独」に裏打ちされた「共同性」という、語義矛盾のような、不可能かもしれない連帯を生むこともできやしまいか? 「生存それ自体の孤独」が基礎なので、文化も宗教も時代も国家も超えた共同性への道を開きはしないだろうか? 私たち皆が、世界中の他者の「生存の孤独」そのものを配慮し合うような、より高い次元に、世界を導くことはできないだろうか? あるいはそれは、陳腐な美的ユートピア論に過ぎないだろうか? 対立や憎悪を超えて、世界的な課題を解決していくための基礎に、それがなりはしないだろうか?

ショーペンハウエルは「共苦」を道徳性の源泉だと言った。これまで多くの学生に様々なものを見せ、その反応を見てきた経験から、人々の心にそれが起こることを、ぼくは疑っていない。国も時代も超えてそれは本当に起こる。これは驚くべきことであり、人類の未来と人間を信じる手掛かりが、確かにここにあるように思うのだ。


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藤田 直哉(ふじた なおや)1983年、札幌生まれ。批評家。日本映画大学准教授。早稲田大学第一文学部卒業。東京工業大学社会理工学研究科価値システム専攻修了。博士(学術)。著書に『娯楽としての炎上』(南雲堂)、『虚構内存在:筒井康隆と〈新しい《生》の次元〉』、『シン・ゴジラ論』(いずれも作品社)、『新世紀ゾンビ論』(筑摩書房)、『シン・エヴァンゲリオン論』(河出新書)。編著に『地域アート 美学/制度/日本』(堀之内出版)、『3・11の未来 日本・SF・創造力』(作品社)、『東日本大震災後文学論』(南雲堂)などがある。

2021年6月寄稿
写真はすべて本人提供

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